YouTuber校長日記

YouTuber校長として、サッカー解説者として日々の生活の中で感じたことや本を読んで学んだことなどを書きます!

シリーズ「校長の仕事」 「九州普通科校長研究協議会実行委員会」編

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

今日のブログのタイトルは、シリーズ「校長の仕事」 「九州普通科校長研究協議会実行委員会」編。

久しぶりの「校長の仕事シリーズ」ですが、少々長たらしいサブタイトルになってしまいました。

昨日の午前中に出席した会議の話題をお話しするわけですが、その会議の正式名称はさらに長たらしいものになります。

正式名称は…

「令和4年度第57回九州地区普通科高等学校校長会総会並びに研究協議会熊本大会 第1回実行委員会」

です。

なんと総字数「44文字」という長たらしい名称。

まずは、何のための会議かを説明しますね。

「令和4年度第57回九州地区普通科高等学校校長会総会並びに研究協議会熊本大会」というのは、九州各県の普通科のある高校を対象とした校長会の総会と研究協議会のことで、毎年九州8県が持ち回りで開催しているのですが、今年度の開催県が熊本県であるということです。

そして、その「第1回実行委員会」が行われたというわけです。

実行委員会のメンバーは、熊本県公立高等学校普通科校長会長(第二)、熊本県公立学校校長会長(熊本)、同副会長(八代、湧心館)、熊本市内の普通科を有する高校(濟々黌、第一、熊本西、熊本北、必由館、千原台)の校長となっています。

というわけで、現在、健康スポーツコースと国際経済コースという「普通科」を有する千原台高校の校長をしている私もこの会議のメンバーとなっているわけです。

この日の会議で予定されていた内容は、次の通りです。

1、開会

2、熊本県公立高等学校長会 会長挨拶

3,報告

(1)実行委員会について

(2)これまでの経緯説明

(3)要綱について

(4)会場について

(5)予算について

4,協議

(1)組織について

(2)2次案内について

(3)懇談会について

(4)アトラクションについて

(5)その他

5,閉会

熊本県公立学校校長会の会長である熊本高校の校長先生のご挨拶に引き続き、熊本県公立高校普通科校長会の会長であり、今回の大会実行委員長でもある第二高校の校長先生が、これまでの準備状況を説明されました。

昨年度からこのお二人を中心に様々な準備が進められており、以下の点は決定済みです。

・開催日 令和4年8月4日(木)~5日(金)

・会場 ホテルメルパルク熊本

・予算 (収入)会費4,000×参加人数+各種補助金等 (支出)会場費、資料印刷費、講師謝金、その他

また、「これまでの経緯」ということで、「コロナの影響で、一昨年は中止、昨年は完全オンラインでの開催であり、対面での開催は3年ぶりとなる」ことが報告されました。

これを受けて、まず協議されたのが、「今年度の開催形式について」です。

前述の通り、日程と会場の確保は済んでいることもあり、「今年度は3年ぶりに『対面開催』とする」ことはすんなりと決まりました。

あとは、「ハイブリッド開催(対面でもオンラインでも参加できる形式)」にするかどうかです。

「ハイブリッド開催」にするには、経費として「インターネットシステム契約費」が必要になります。その内訳は、「ネット回線工事:70,000円、オーディオ・インターフェイス・スタッフ:70,000円」です。

Wi-Fiでは回線が安定しないために、ホテルの会場までネット回線を引く必要があるということで、その経費が70,000円。さらに、機器を操作する専門家を雇うのに1日当たり70,000円の日当が必要というわけです。

「対面だけでいいのではないか。」

「コロナや自然災害(台風や大雨)などの状況を想定すると、ハイブリッドにしておいた方が良い。」

「経費は大丈夫か?」

「インターネット機器の操作については、とても堪能な校長先生がおられるので、その校長先生にお願いして経費を削減しよう。」

などの協議の末、「ハイブリッド開催」が決まりました。

続いて「教育懇談会」についても、現状では開催する方向で準備を行い、7月5日(キャンセル料発生前日)の時点でのコロナの状況をみて最終判断することに決定。

最後に「役割分担」です。

我々は、「総会等運営係」、「会場設営・運営係」、「教育懇談会係」のいずれかを受け持つことになっています。

司会の先生から、

「校長先生方のご希望でどうぞ。」

と言われますが、誰も発言せずに沈黙。

そこで、私は挙手をして、

「『教育懇談会係』でお願いします。昼よりも夜の方が得意ですので。」

と発言。

これで雰囲気が和んだのか、「では、私はここで。」という発言が続き、無事に役割分担が終わり、会議は終了しました。

微力ながら、大会の成功のために尽力していきたいと思います。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

 

 

 

 

「公共」という科目をご存知ですか?(その3)

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

ここ2日間「『公共』という科目をご存知ですか?」というタイトルでお話ししてきました。

このペースで一つ一つの内容を細かくお伝えしていくと、途方もない時間を要してしまいますので、今日の(その3)では、残りの教科書の内容を概要だけご紹介し、最後に「公共」という科目についての私の考えを述べて、このシリーズを閉じたいと思います。

よろしくお付き合いください。

ここでもう一度、千原台高校で使っている教科書「高等学校 公共(第一学習社)」の目次を示します。

第1編 公共の扉

 第1章 公共的な空間をつくるわたしたち

 第2章 公共的な空間における人間としてのあり方、生き方

 第3章 公共的な空間における基本的原理

第2編 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち

 第1章 法的な主体となる私たち

 第2章 政治的な主体となる私たち

 第3章 経済的な主体となる私たち

第3編 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

となっています。

昨日のブログ(その2)では、第1編の第1章の内容までをお話ししました。

そこでは、「保健」、「哲学」、「宗教」、「伝統文化」などの分野での問いが建てられ、「先哲の教え」を紹介しながら、生徒たちが自ら学んでいくという内容が記されていました。

第2章については、そこに示されている「問い」をご紹介していきます。

①「社会の構成員の一人として生きていく際、個人が選択・判断するための手がかりとなる考え方には、どのようなものがあるのだろうか。」

②「環境保護に関して、合意を目指して提案される政策は、どのような考え方に基づくのだろうか。」

③「生命倫理に関して、合意をめざして提案される政策はどのような考え方に基づくのだろうか。」

④「『行為の結果である個人や社会全体の幸福を重視する考え方』、『行為の動機となる公正などの義務を重視する考え方』を唱えた先哲の思想は、どのようなものだろうか。」

⑤「古代ギリシャの思想家はどのような生き方を求めたのだろうか。また、中国思想や日本思想の人間観は、どのようなものだろうか。」

⑥「人間の尊厳とはどのようなものだろうか。また、差別や偏見はなぜ起こるのだろうか。そして、すべての人が平等に社会に参画するために、どのような取り組みがあるのだろうか。」

⑦「基本的人権の考え方は、どのように広まり、一人一人が個人として尊重されるために、国際社会ではどのような取り組みが行われているのだろうか。」

⑧「私たちの生活は、政治とどのような関係にあるのだろうか。また、民主的な国家は、どのような考え方を背景につくられてきたのだろうか。」

⑨「人の支配と法の支配の違いは、何だろうか。また、国民主権と権力分立は、どのような目的と内容を持つのだろうか。」

以上です。

いかがでしょうか?

どの「問い」も57年間生きてきた私が問われても簡単に答えられないものばかりです。

ただ、この第1編では、このような「問い」を建てつつ、その「答え」についてもある程度、教科書内に示されています。

そして、ここで身につけた基礎的な知識をもとにして、第2編での「主題学習」に進んでいきます。

その「主題」とは次の3つです。

①「人々が対等な関係にない場合、国家や法には、どのようなことが求められるのだろうか。」

②「民主政治を推進するために、私たちはどのような責任を果たすべきだろうか。」

③「公正で自由な経済活動のためには、何が必要なのだろうか。」

つまり、「司法」、「政治」、「経済」の各分野について考えていくわけです。

そして、最後の第3編では、「課題探究活動」を行います。

探究していく課題として次の5つが示されています。

①地球環境問題~排出量取引を考える

②資源・エネルギー~ベストミックスを考える

生命倫理~ゲノム編集を考える

④国際社会の課題~フェアトレードを考える

これらのいわゆる「現代の社会問題」について、生徒たちが自ら探究していきます。

以上が、「公共」という新しい科目の概要です。

昨日の(その2)までを読んでいただいた読者の方から、

「私にはよくわかりません。」

という率直なご感想をいただきました。

ごもっともだと思います。

高校の校長であり、このブログを書いている私も

「お前は『公共』という科目について、本当にわかっているのか?」

と問われると、恥ずかしながら、

「はい。一応は…」

と答えるのが精一杯というのが本音のところです。

ただ、今回、あらためて教科書を通読してみて、これからの社会を生きていく高校生が学ぶのにふさわしい科目であるということは強く感じました。

千原台高校の生徒たちが「公共」という新しい科目をしっかりと学んでいけるように私も先生方とともに学び続けたいと思います。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

「公共」という科目をご存知ですか?(その2)

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

今日のブログのタイトルは、「公共」という科目をご存知ですか?(その2)です。

昨日のブログ(その1)では、「高校の『地理歴史・公民科』の中に『公共』という科目が新設されたこと」、「新学習指導要領の完全実施により今年の1年生から『公共』を学び始めていること」、「『公共』の教科書の目次について」、「『公共的な空間』とは何か?」などのお話をしました。

今日のブログでは、「公共」という科目の内容についてお話ししていきますね。

まずは、千原台高校で使用している教科書「高等学校 公共(第一学習社)」の目次をもう一度示します。

第1編 公共の扉

 第1章 公共的な空間をつくるわたしたち

 第2章 公共的な空間における人間としてのあり方、生き方

 第3章 公共的な空間における基本的原理

第2編 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち

 第1章 法的な主体となる私たち

 第2章 政治的な主体となる私たち

 第3章 経済的な主体となる私たち

第3編 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

となっています。

「第1編 公共の扉」の「第1章 公共的な空間をつくるわたしたち」の最初のテーマは「公共的な空間と人間とのかかわり」となっています。

その中の最初のサブテーマは「社会に生きる私たち」となっており、「青年期とは、人生の中でどのような意味を持つのだろうか?」、「青年期の心理にはどのような特徴があるのだろうか?」という問いについて考える内容です。

ここでは、「先哲の教え」として「フロイト精神分析学の見地」や「マズローの欲求5段階構造」、「エリクソンのライフサイクル論」などが示されています。

ここでの内容は既存の教科でいうと「保健」の分野で学習していた内容に近いかなという感想を持ちました。

次のサブテーマ「個人の尊厳と自主・自立」では「社会的存在としての人間とは、どのような存在だろうか。」、「自律的な意思とはどのようなものだろうか。」という問いが建てられています。

ここでは、「違いを多様性(ダイバーシティ)として捉え、社会的存在としてお互いに認め合うことが大切」ということが述べられ、「ジェンダーによる意識」、「LGBTと呼ばれる性的指向性自認の少数者(マイノリティ)の存在」などに目を向けることの重要性も述べられます。

また、ドイツの哲学者カント(1724~1804)の考えた「自律的自由」という考えが「先哲の教え」として紹介されています。

「哲学対話をしてみよう」という「トピック」も示されていて、生徒たちが哲学に目を向けるきっかけにしてくれると嬉しいと感じた内容でした。

続いてのサブテーマは「多様性と共通性」、その次は「キャリア形成と自己実現」といういわゆる「人としての生き方」を形成していく基礎となるようなテーマが次々と設定され、その中でユダヤ系ドイツ人物理学者・アインシュタイン(1879~1955)の「私に特別な才能はありません。非常に強い好奇心を持っているだけです。」という言葉や、アメリカの発明家・エジソン(1847~1931)の「大学とは、学習の場である。ビジネスも学習の場である。人生そのものが学習の場である。」という言葉などが示されています。

そして、さらに次のテーマは「社会に参画する自立した主体として」となり、「伝統や文化とのかかわり」というサブテーマの中で、「日本の伝統や文化」に触れ、柳田国男民俗学者)の「歴史の表舞台に登場しない無名の人々(常民)によって継承されてきた生活文化こそが日本社会の基礎をなす伝統文化であり、これを手掛かりに日本文化の本質が見いだされる」という考えを「先哲の教え」として示しています。

そして、この章の結びとして、「日本における外来文化の受容」というタイトルで「日本人と宗教」の話題に触れ、つづく「宗教とのかかわり」というタイトルのもとで「キリスト教イスラム教、仏教」という「3大世界宗教」について触れています。

ここまでが「第1章 公共的な空間をつくる私たち」です。

今紹介した内容は、290ページある教科書の23ページまでです。

これだけでもかなりのボリュームのある内容ですよね。

高校1年生にとっては、かなり難しい内容も含まれますが、「人としての基礎・基本」を築いていくためにはとても有用な内容だと感じました。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

「公共」という科目をご存知ですか?(その1)

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

あなたは、「公共」という科目をご存知ですか?

おそらく、

「『公共』?そんな科目、聞いたことがないけど…」

という方がほとんどだと思います。

「公共」という科目は、令和4年度から完全実施となった新学習指導要領のもとで、今年度の1年生から「地理歴史・公民科」の「必履修科目」として全国の高校1年生が学習することになった科目なのです。

現行過程では「現代社会」、「倫理」、「政治経済」という科目で構成されていた「公民分野」が、新課程では「必履修科目」である「公共」と「選択科目」である「倫理」、「政治経済」に変更されたのです。

なので、現在高校2年生以上の年齢の方にとっては、

「習ったこともないし、聞いたこともないぞ。」

となって当然ということです。

今日のブログでは、この「公共」という科目についてお話ししますね。

千原台高校で使っている「公共」の教科書は、第一学習社が出版している「高等学校 公共」という教科書です。

この教科書の「目次」をみると、次のような構成となっています。

第1編 公共の扉

 第1章 公共的な空間をつくるわたしたち

 第2章 公共的な空間における人間としてのあり方、生き方

 第3章 公共的な空間における基本的原理

第2編 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち

 第1章 法的な主体となる私たち

 第2章 政治的な主体となる私たち

 第3章 経済的な主体となる私たち

第3編 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

では、その中身についてお話ししていきますね。

まず、「第1編 公共の扉」の冒頭には次のような記述があります。

「『公共的な空間』とは、どのようなものだろうか。ここでいう『公共的な空間』とは、地理的な空間の広がりではない。ここでの『公共的な空間』は、①地域社会あるいは国家・社会などにおける人間と人間とのつながりやかかわり、②それによって形成される社会のしくみそのもの、という二つをあわせもったものである。

 これから学ぶ第1編では、まず、社会に参画する自立した主体とは、孤立して生きるのではなく、地域社会などのさまざまな集団の一員として生き、他者との協働により当事者として国家・社会などの『公共的な空間』をつくる存在であることを学ぼう。また、古今東西の先人の取り組み、知恵などをふまえ、社会に参画する際の選択・判断の手がかりとなる概念や理論、『公共的な空間』における基本的原理などを理解しよう。そして、第1編で身につけたことを、第2編、第3編の学習でも活用できるようにしよう。」(教科書p5より引用)

これを読むと「第1編 公共の扉」で学ぶ内容のベースとなる「公共的な空間」についてご理解いただけたと思います。

この第1編では「公共的な空間」を形成する「個人」のベースとなる見方、考え方を「先哲の教え」なども参考にしながら学んでいきます。

私の好きな言葉の一つに、アイザック・ニュートンが1676年にロバート・フックに宛てた書簡で用いた、

「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは『巨人の肩の上に乗っていた』からです。」(『』は筆者が挿入)

という言葉があります。

「第1編 公共の扉」で、「先哲の教え」を参考にしながら、様々な「問い」に対して「思考」していくことは、生徒たちにとって、まさに「巨人の肩の上に乗る」ことが出来る学びになるはずです。

では、実際に「公共」でどんなことを学んでいくのか?

それは、明日のブログ(その2)でお話ししていきます。ご期待ください。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

 

「公共」という科目をご存知ですか?(その1)

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

あなたは、「公共」という科目をご存知ですか?

おそらく、

「『公共』?そんな科目、聞いたことがないけど…」

という方がほとんどだと思います。

「公共」という科目は、令和4年度から完全実施となった新学習指導要領のもとで、今年度の1年生から「地理歴史・公民科」の「必履修科目」として全国の高校1年生が学習することになった科目なのです。

現行過程では「現代社会」、「倫理」、「政治経済」という科目で構成されていた「公民分野」が、新課程では「必履修科目」である「公共」と「選択科目」である「倫理」、「政治経済」に変更されたのです。

なので、現在高校2年生以上の年齢の方にとっては、

「習ったこともないし、聞いたこともないぞ。」

となって当然ということです。

今日のブログでは、この「公共」という科目についてお話ししますね。

千原台高校で使っている「公共」の教科書は、第一学習社が出版している「高等学校 公共」という教科書です。

この教科書の「目次」をみると、次のような構成となっています。

第1編 公共の扉

 第1章 公共的な空間をつくるわたしたち

 第2章 公共的な空間における人間としてのあり方、生き方

 第3章 公共的な空間における基本的原理

第2編 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち

 第1章 法的な主体となる私たち

 第2章 政治的な主体となる私たち

 第3章 経済的な主体となる私たち

第3編 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

では、その中身についてお話ししていきますね。

まず、「第1編 公共の扉」の冒頭には次のような記述があります。

「『公共的な空間』とは、どのようなものだろうか。ここでいう『公共的な空間』とは、地理的な空間の広がりではない。ここでの『公共的な空間』は、①地域社会あるいは国家・社会などにおける人間と人間とのつながりやかかわり、②それによって形成される社会のしくみそのもの、という二つをあわせもったものである。

 これから学ぶ第1編では、まず、社会に参画する自立した主体とは、孤立して生きるのではなく、地域社会などのさまざまな集団の一員として生き、他者との協働により当事者として国家・社会などの『公共的な空間』をつくる存在であることを学ぼう。また、古今東西の先人の取り組み、知恵などをふまえ、社会に参画する際の選択・判断の手がかりとなる概念や理論、『公共的な空間』における基本的原理などを理解しよう。そして、第1編で身につけたことを、第2編、第3編の学習でも活用できるようにしよう。」(教科書p5より引用)

これを読むと「第1編 公共の扉」で学ぶ内容のベースとなる「公共的な空間」についてご理解いただけたと思います。

この第1編では「公共的な空間」を形成する「個人」のベースとなる見方、考え方を「先哲の教え」なども参考にしながら学んでいきます。

私の好きな言葉の一つに、アイザック・ニュートンが1676年にロバート・フックに宛てた書簡で用いた、

「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは『巨人の肩の上に乗っていた』からです。」(『』は筆者が挿入)

という言葉があります。

「第1編 公共の扉」で、「先哲の教え」を参考にしながら、様々な「問い」に対して「思考」していくことは、生徒たちにとって、まさに「巨人の肩の上に乗る」ことが出来る学びになるはずです。

では、実際に「公共」でどんなことを学んでいくのか?

それは、明日のブログ(その2)でお話ししていきます。ご期待ください。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

 

「公共」という科目をご存知ですか?

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

あなたは、「公共」という科目をご存知ですか?

おそらく、

「『公共』?そんな科目、聞いたことがないけど…」

という方がほとんどだと思います。

「公共」という科目は、令和4年度から完全実施となった新学習指導要領のもとで、今年度の1年生から「地理歴史・公民科」の「必履修科目」として全国の高校1年生が学習することになった科目なのです。

現行過程では「現代社会」、「倫理」、「政治経済」という科目で構成されていた「公民分野」が、新課程では「必履修科目」である「公共」と「選択科目」である「倫理」、「政治経済」に変更されたのです。

なので、現在高校2年生以上の年齢の方にとっては、

「習ったこともないし、聞いたこともないぞ。」

となって当然ということです。

今日のブログでは、この「公共」という科目についてお話ししますね。

千原台高校で使っている「公共」の教科書は、第一学習社が出版している「高等学校 公共」という教科書です。

この教科書の「目次」をみると、次のような構成となっています。

第1編 公共の扉

 第1章 公共的な空間をつくるわたしたち

 第2章 公共的な空間における人間としてのあり方、生き方

 第3章 公共的な空間における基本的原理

第2編 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち

 第1章 法的な主体となる私たち

 第2章 政治的な主体となる私たち

 第3章 経済的な主体となる私たち

第3編 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

では、その中身についてお話ししていきますね。

まず、「第1編 公共の扉」の冒頭には次のような記述があります。

「『公共的な空間』とは、どのようなものだろうか。ここでいう『公共的な空間』とは、地理的な空間の広がりではない。ここでの『公共的な空間』は、①地域社会あるいは国家・社会などにおける人間と人間とのつながりやかかわり、②それによって形成される社会のしくみそのもの、という二つをあわせもったものである。

 これから学ぶ第1編では、まず、社会に参画する自立した主体とは、孤立して生きるのではなく、地域社会などのさまざまな集団の一員として生き、他者との協働により当事者として国家・社会などの『公共的な空間』をつくる存在であることを学ぼう。また、古今東西の先人の取り組み、知恵などをふまえ、社会に参画する際の選択・判断の手がかりとなる概念や理論、『公共的な空間』における基本的原理などを理解しよう。そして、第1編で身につけたことを、第2編、第3編の学習でも活用できるようにしよう。」(教科書p5より引用)

これを読むと「第1編 公共の扉」で学ぶ内容のベースとなる「公共的な空間」についてご理解いただけたと思います。

この第1編では「公共的な空間」を形成する「個人」のベースとなる見方、考え方を「先哲の教え」なども参考にしながら学んでいきます。

私の好きな言葉の一つに、アイザック・ニュートンが1676年にロバート・フックに宛てた書簡で用いた、

「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは『巨人の肩の上に乗っていた』からです。」(『』は筆者が挿入)

という言葉があります。

「第1編 公共の扉」で、「先哲の教え」を参考にしながら、様々な「問い」に対して「思考」していくことは、生徒たちにとって、まさに「巨人の肩の上に乗る」ことが出来る学びになるはずです。

では、実際に「公共」でどんなことを学んでいくのか?

それは、明日のブログ(その2)でお話ししていきます。ご期待ください。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。

 

ロアッソ熊本 琉球に苦杯 ホームで痛い黒星

どうも。南弘一です。千原台高校の校長をしています。とともに、地元熊本でサッカー解説の仕事もしています。

「ゲームとしては自分たちの時間帯があったのですが点を取れなかったです。悪い時間帯に点を取られてしまったということだと思います。」

J2リーグ第15節、ロアッソ熊本琉球FC戦の試合後のロアッソ熊本大木武監督のコメントです。

ホームで0-2と琉球に対して黒星を喫した一戦は、まさにこの監督のコメント通りの試合でした。

今日は、この一戦を振り返ります。

まずは、ロアッソ熊本の先発メンバーです。

GK 佐藤

DF 黒木、菅田、イヨハ

MF 阿部、河原、三島

FW 杉山、土信田、竹本、坂本

前節からの変更は、高橋→土信田の一人で、土信田はプロ入り初先発です。

ベンチメンバーには上村と東出が新しく入り、伊東と田辺が外れています。

対する琉球は、4-4-2の布陣。しっかりとボールをつないで相手を崩すサッカーを志向しています。

注目選手は2トップの一角を占める清武選手。以前はロアッソ熊本でプレーしていました。

立ち上がりから試合の流れをつかんだのは熊本でした。

前半10分、左サイドに上がっていたDFイヨハからのアーリークロスに土信田と阿部が飛び込み、阿部がヘディングシュートを放ちますが、これは枠を捉えることが出来ません。

続く前半16分には、前線で相手ボールを奪ったFW土信田がそのままシュートを放つも、今度は、相手GKの正面をついてゴールとはならず。

22分には、右サイドを崩して杉山がゴール前に鋭いクロスを送るもスライディングで飛び込んだ土信田の足はわずかに届かず、決定機を活かすことが出来ません。

前半はこのまま0-0で終了します。

ハーフタイムにロアッソベンチが動きました。

竹本→上村という最初の交代カードを切り、上村が左のMFに入り、三島がトップ下にポジションを映して後半が始まりました。

後半に入ってもロアッソの攻めが続きます。

後半3分、DF黒木が素晴らしい予測で相手のパスをインターセプト。そのままドリブルで持ち上がり、絶妙のタイミングで右から上がってきた阿部にパスを出します。

阿部は、完全にフリーな状態で鋭いシュートを放つも、これまた枠を捉えることが出来ません。

続く後半10分にも、後ろからのパスを右サイドの坂本がワンタッチでゴール前へクロスを送ると、これに飛び込んだのは土信田。ヘディングシュートを放ちますが、これもゴールとはなりません。

これだけチャンスを作りながらゴールを奪えないとなると、どうしても試合の流れは変わっていきます。

後半18分、琉球の攻撃。中央から右サイドへのアーリークロスに反応したのは清武でした。ヘディングで合わせたシュートは、ゴールポストを直撃。決定機を逃します。

続く後半23分、琉球は第3の動きで右サイドを崩すと中央にクロスを送り、そこに入ってきたのはFW草野。見事なシュートを熊本ゴールに流し込み、琉球に待望の先制点をもたらしました。

これで、4試合連続ゴールとなる草野選手。ストライカーらしい「決定力」を見せつけました。

さらに3分後の後半26分、またしても右サイドでの攻撃。大本が右足で切り返して、左足であげたインスイングのクロスがゴール前に飛ぶと、そこに飛び込んだのは草野、上原の2枚のFWでした。ヘディングでせったボールがこぼれると、これを上原がバイシクルシュート。これが熊本のゴールをとらえて、琉球が貴重な追加点を奪いました。

熊本ベンチも土信田、阿部→高橋、藤田の2枚替え。その後、後半31分に三島→粟飯原、後半42分に杉山→東出と5枚の交代カードのすべてを使い切って、ゴールを奪いに行きましたが、全員が体を張って守る琉球のゴールをこじ開けることは出来ず、0-2のままで試合終了のホイッスルを聞くこととなりました。

この試合から言えることは二つあります。

一つ目は、「これだけのチャンスを作りながらゴールを奪えなかった」という課題です。上でも書いたように、これだけチャンスを活かせなければ、どうしても試合の流れは変わってしまいます。

二つ目は、「3分の間に2失点を喫したという守備面での集中力の欠如」です。

長いリーグ戦を戦う中では、このような試合もあると思います。

次の試合、5月14日㈯の大分戦までは、5日間のインタバルがあります。

まずはゴールデンウィーク5連戦での疲れをしっかりと癒して、上記の課題を克服して、次節での勝ち点3を奪ってほしいと思います。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

今日一日が、あなたにとって素敵な一日になりますように。